パンを踏む

アンデルセンのパンを踏んだ女の子は、お母さんにあげるおみやげのパンを靴やドレスを汚したくないからって、沼に落として踏んで行こうとして、神様に落とされてしまう。両生類や魚にまとわりつかれ、水草にまかれて、暗くて冷たい沼の底に沈んでしまう。ずいぶんたって、お母さんからこのお話を聞いたやさしい女の子が「かわいそうに」と涙を流したとき、鳩になって沼から飛び立つ。子どもの頃に読んだこの話が好きだった。特にパンを踏んだ女の子が沼に沈んでいる絵が好きだった。カエルや水草に絡まれて、まるで沼の底にひっかかった釣りのオモリみたいにゆらゆらしているの。濁った水、冷たいデンマークの森の沼で、諦めたような哀しいような顔をして、でもどこかほっとしているような。この子はこれ以上ひどい目には合わない、他の人間の手が届かない深い沼の底に沈んでしまったから、みんなが忘れてしまえば、すごく安全な気もした。鳩になんてならないで、ずっと沈んでいればいいのに・・・かわいそうなんかじゃないのに・・・8歳の私は思った。はっきり覚えてる。

今もそんな気持ち、暗くて冷たい沼の底で・・・どうぞ忘れてしまってくださいな。