ゴー・クアン・ハーイ氏の出現

6月に渋谷で公開されるベトナムの新作映画を試写で見せてもらうことがあった。

そしたら、突如、たった2時間前に来日したばかりの監督が、目の前に立っているじゃあないですか。初監督にして初インディペンデント作品の監督氏は本国では有名な俳優で、もう40歳になるくらいなはずだけど、若くてすごくカッコいい!
なんかそれこそ、ユナイテッドアローズとかのモデルさんかと思うくらい。白皙の美男子とはよくいうけれど、うっとりしてしまった。

そもそも、ベトナム映画が大好きなの。もうかれこれ10年以上、公開されたものは全部見ているのです。女性がきれいで繊細でたくましい、なぜか草木がなまめかしく、緑がむせるような湿度と温度、でも映画だからもちろん、温室を外から覗くに似て・・・かの国の人に知り合いはいないけど、なんか美的なディテールにこだわる人たちなんじゃないかと思う。アジア的な繊細さ、それは社会的にはいろいろあるんでしょうけども。

そして「ベトナムの強くて美しい女性」は「パリの女」や「NYのエグゼクティブウーマン」と同じくらい映画のフ世界では、ひとつのパッケージとして成立しているみたいな。「青いパパイアの香り」以来というもの・・・。

ゴー・クアン・ハーイ監督は、トラン・アン・ユンのお弟子さんらしく、小津安二郎と黒沢が好きだと言っていた。ああ、なるほどそれは正しい。でもちょっと哀しくなる。戦後の混乱期から高度経済成長の時代、日本にはまだダブルスタンダードが成立していた。つまり発展する社会と、取り残される社会。人は誰しもその両方に立っていて、過去の世界とミライの世界を同時に生きることができた。多分、彼らの国は今そうなのでしょう。だからちょっと参考になるのかもしれない。でも、今の日本には、すでにその過去がない・・・んじゃないだろうかと、彼の映画「パオの物語」を見ていて思ったの。ハノイバンコクみたいに変わるのは嫌だナ、といつか香港の映画俳優が言っていた・・・。これから発展するアジアの国として、伝統とテクノロジーを両立させてほしい、だってインターネットの時代だよ、50年前にはそれがなかったもんね。今は、もっと上手に、スマートに、できるはず、マサイのビジネスマンのようにさ。

映画のテーマは、手仕事の民族衣装が美しい、中国でいうミャオ族とおんなじ人たちで、ベトナム側に住む山岳民族の慣習をエスニックに紹介しつつ、いわゆる族長の悲哀を描き、そのわりには案外おおらかな男女のことや、母親にまつわる家族の秘密を描くもの。シンプルで、情に訴える素直な作品で、パッケージとしてエスニック&シンプルを狙っていたなら、すごいセンスをしていると思う。

村は21世紀の文明社会とバス道路でつながっていて、バスに乗って3日とか行くと、インターネットのある町に出る。バスはさながらタイムマシンだね。この「internet」っていう字が街中に現れるまで、時代物だと思っていた。だって、その山の村の装束や生活はまったくもって昔のままなの。畑で刈った草を刻んで家畜に食べさせたり、台所にはプラスチックが皆無だし!テレビもないラジオもない、牛はいる、おまわりは知らない。ママが子どもの服を織るんだよ!仕立てるなんて生易しいもんじゃなくて、織るの、生地から!もう「民族村」として保存しているんじゃないかと思うくらい、昔ながらの家に住み、百年一日のごとく・・・まさしくアジアの「百年の孤独」だ!なんかね、中米の山の人たちと装束が似ているせいもある!刺繍とか赤の使い方、顔も標高が高いからか、似ている気がする。ドラマでは恋を運ぶ笛の音も、ケーナみたいだったし。そういうことか!と変に納得。

映画の縦糸は、主人公の女性の目線で通されている。彼女から見た、母や父や、村の人や、自分、恋を、時空を行きつ戻りつ、日記か独り言みたいに、話してくれるみたいなかんじ。やさしいパオの声が、このお話は全部事実ベース!というあっけらかんとした映画の真実をも、なんかほわんと見せちゃうんだなあ・・・。

母親の秘密は、すごいよ!これゆえにパリあたりを舞台にリメークするのは不可能なかんじのびっくりでした!

面白かった、久々の大満足。

ついでに言うと、市場でヒロインを見つめる瞳でくどき、笛で篭絡する彼女の恋を演じる男が、またどの市場に出しても通用しそうな美男。チャン・ドアン・チュアンという俳優さんで、題材になるリアル山岳民族としてOKなのかどうかわかんないほどの長身、ちょっとロマンチックな永澤俊矢みたいな・・・強くて美しい男前の女性と、たおやかな美男の国なんですな、ひょっとしてベトナムって?「シクロ」でもベトナムの人じゃなくて、どうせ同じ文化圏だから(元々は漢字文化?もうベトナムは違ってしまったけれど)トニー・レオンでOKみたいな、ベトナムってそういう感覚なのね、リアルよりビューティーを重んじるんだろうか。