正論の神様

世の中には「ロマンスの神様」とか「チャンスの女神」とかいろいろと神様が降りてくるものであるが、旧知の人と時々「正論の神様」が降臨するよな、という話になった。

その神様は、いろんな状況で、危険を冒してでも言っておかなければならないことがある、と思ったとたんに、自分に降りてきて、並々ならぬ「真面目の迫力」で正論の向かう先の相手を追い詰める。
これ以上、この論線をエスカレートすると、立場が危うくなるとか、雲行きが怪しいぞ、と理性はちゃんと察知しているんだけれど、神様が降りちゃうと、もう自分では止まらなくなって、相手が目上だろうが、権力だろうが、おかまいなく暴走してしまうのだ。この世ならぬものの力が憑依しているから、正論のオーラを背負いつつ、相手を圧倒してもなお止まらない。

神様の気が済んで、正気に戻ると、しまった!と海よりも深く反省するんだけど・・・そして世の中はグレーゾーンで進行する場合が多いのも実はわかっているのだけど。それでもつい言ってしまうのは、世間を知らないからだとか、人に笑われるよね。その仕事を失っても喰うに困らない身分だから、ハイリスクな場面でも正論を吐けるのだ・・・とか揶揄される。

ところが、仮に喰うためだけに仕事をしているのではないから適当でいい、というような精神構造の人にはこの神様は降りてこない。神様は、ノーギャラでもやるといったら徹底的にやるようなモーレツバカの超真面目人間にしか、興味がないらしいのだ。

そして人々は多分、そういうバカを冷笑しつつ、正論をメンチ切って言うバカの心意気だけは、ひそかに支持していたりしないだろうか?と、ときどき脳を神様にのっとられるバカ同志、ナグサメあったりして。支持がなくてもそういうアナーキーな自分たちが案外好きだったりもする。いろいろなしがらみで言いたいこともいえない辛い立場の大人にしたら、幼くてバカなだけだと思うんだろうけれど、たまに正論バカの力が流れを変えることもあるし、それが正論バカの存在意義でもあるんじゃないかと、思うんです。

だって言わずにいられないのよ。