琵琶湖の鮎

なぜか琵琶湖の鮎は小さい。

なんかの拍子に水系から湖の外に出てしまうと、普通の大きさになるんだそうだけれど、琵琶湖の水に棲んでいる限り大きくならないんだそうだ。琵琶湖には妙な力があるんだろうか。

実家の母が入院してもう数週間、手術から10日あまり。

消化器系の重い病気で、食がなかなか進まない。お粥も3分になってそろそろ食べてくれるといいんだけれど。いろいろ工夫をしたらどうかと、お粥の味つけになるような鰹粉とか海苔なんかを差し入れる。ある日父が、琵琶湖の鮎の甘露煮をもっていったら、好物だけあってすこしお粥が進んだ。夫婦というものは、なんだかんだで以心伝心なのだと・・・気が利いているつもりでいた娘は、浅はかだったなと思った。

これも何かのご縁なのだろうか。父の家は琵琶湖のあたりの出で、琵琶湖水系の田畑が、いわば祖先を養っていたことになる。明治維新で東京に出るまでは、ずっと琵琶湖郷にいた。霧の深い物の怪めいたあの大きな湖の湿った空気を吸って生活していたのだ。しかも郷里には陰惨な竜神伝説があり、多分その伝承に登場するまことに非情な悪漢が父の家の祖先なのだと・・・神をも恐れぬリアリスト、いかにも父の祖先というような。

だからというわけでもないが、わたしは琵琶湖に憧れていながら、行く気にならない。
どうも、父の家の女は、琵琶湖に近づくと具合が悪くなるように思うのだ。
伯父の連れ合いもそうだった。

それなのに、病気の母に湖の水で育った鮎を差し入れる父、それが好物な母。
因縁めいて、身震いがする。

きっといつもの考えすぎなんだろう。

竜神さん、もう千年以上前のことじゃありませんか、ここいらで水に流してもらえませんか?