優しい男・礼賛

「愛を乞う人」という厳しい映画があった。原田美枝子が生々しく傷ついた、残酷なくらいに美しい女性を演じている。その映画で、台湾人の夫の知り合いの役で出ていた人に心を奪われてしまった。その昔、舞台の「上海バンスキング」だって見に行ったのに、わからなかったなんて!その瞬間から小日向様は、私の神である。とはいえ、出演映画を全部チェックしたり、舞台に通ったりしてないあたりが不徹底なのだが。でも、あの映画の中で彼は、その神のように柔和な人は乳白色のまばゆいオーラを発していて、私は今でも心の中に、あの表情をずっととってあるのだ。

優しい男というのは、日本の市場ではあまり評価が高くない。若い女は、色白で女顔で、生真面目で親切な男なんて、きらいなのだ。「お前は間違っている」とか「そんな人生でいいのか!」とか、気炎を上げて意見するような熱い男や、アラゴンやらフーコーやらの洋書の束をかかえて、ゴダールを論じ前髪をかきあげる男が、もてるのは、わかりやすいから、なんじゃないだろうか。

ちなみに『優男』というのとは人種が違う。それは甘いマスクだったり、機転がきいて、洒落たいい男だったりするわけでしょ、佐田啓二のように(古っ!)

「もしここで悪い人に絡まれたらどうする?」「一緒に逃げよう」ではもてないということだ。人に絡むようなヘンな人からは逃げるのが一番だなんて当然だけど、若い女性は「命に代えても闘う、そして君を守る」とかいうホルモン過剰で調子ぶっこいたセリフを聞きたいわけだ。優しい男は冷静で現実的なので、そんな夢みたいなことは、言わない。つまんないよね。だって、女というものは、半径50キロ圏内で静かに黙々と生きる温和な優しい男よりも、負けそうな喧嘩を買ったり、借金してチベットへ行ったり、雪山を登ったり、株で小金を稼いだり、ほかの女に二股かけたりするゆめゆめしいワイルドな男が好きだから、自分じゃあそういうことしないくせに。

優しい男の男らしさというのは、わかりにくい。あたりが柔らかく、心が平穏で、親切で真面目。日本の固定観念にある男の美徳からしたら、あてはまりにくい。でもつねにバランスのとれた平和な心と、人類愛、他人との距離のとりかた、淡々としたスタンスが、男らしい?といえば、そう。まあ、時折感情がないんじゃないか?争いを嫌うのは勇気がないからなのか?と思いたくなることもあるけど。

何がおこっても鉄壁な幸福感をいつも持っていること、普通じゃないほどセロトニンが多い生まれつき、まあ時には向上心の欠落と思われるふしもある。

でも、人が思うより、優しい男は日々虎視眈々と着々と歩をすすめている、にこにこしながら、正々堂々と一本とる日を思っている・・・かもしれない。どうせ世界水準からはマッチョじゃないんだから、優しい日本男児はマイペースでいいのよ。

「おたくの坊やは優しいね」と侮辱ニュアンスで人に言われたとき、私はそう思うのだ。ハリーポッターが嫌いで、横溝やドイルや岩波新書が好きな彼は、ただ現実主義者なだけかもしれないんだけど・・・彼の平和をかき乱す、元気のいいお姉さんの登場まで、あと何年くらいだろうか???