ブラジル帰りの数学の先生

学生時代、よくたまっていたカフェがある。

夕方から午前2時までの店で、時々行っていた。そこの常連客にブラジルの大学から戻ったばかりの数学の先生がいた。

大学の先生というのは年齢がよくわからない。でも結構なおじいさんだったように思う。あるとき、その人と一緒になって、何かの話で突然、誰か!俺と「ほっぺ」をしてくれと叫びだした。

潔癖症なのだ私は。他人とようよう手も握れないのだ。でもそのおじいさんは「南米では気軽にしてくれたのに、日本に帰ってきたら誰もしてくれない」とあまりにも哀しそう。しょうがないなあ・・・酔ってもいないのに。

ゆるゆるの柔らかい頬だった。空気の抜けた風船みたいな、あんなかんじ。

いわゆるcheek-to-cheek。自分でもいまだに信じられん自己逸脱行為。あの一瞬だけ、ラテンな別人格が乗り移っていた。ああ、きっと俳優の楽しみっていうのはこれだな。18歳の固太りの陰鬱な若い女と頬を寄せたのは、ラテンの美人とのそれとは雲泥だったろうが、おじいさんはなんか「あなたは優しい人だ」とか言って感動していた。食い詰めたら、ひょっとしてサーヴィス業に向いている可能性もあるなと、そのとき思ったけど、いまだに水商売だけはやったことがない。案外?でももう婆だから、バーテンダーでも目指してみるか?