マダム・ゴシック

246沿い、朝の赤坂警察署の角にたたずむマダムがいる。

エビ茶のベッチンのロングドレスをまとい、大きなカーペットみたいな生地のかばんを持って。そしてナポレオン風の帽子をかぶって東の方角にムネを張る。帽子からはみ出すたわわな銀の縦ロールが、秋の風にゆれる。

急ぎ足の通勤者たちは、目をあわせない様に通り過ぎていく。でも、今朝私はマダムに選ばれてしまった。たるんだやわらかそうなマダムの肌は、鳥の卵みたいなブルーグレーで、目玉には色がない。色のない曖昧な目で、私にほほえむ。あえて、私の方角へ向けて顔の筋肉を動かしてみた理由は、マダムにしかわかならない。

人はみな、なにかしら他人に説明のできる筋書きを持っているものだ。そして疑いもなく自分は正気だと思っている。マダムもきっとそうなのだ。ただ、その筋書きは人に推測できるようなありきたりなものじゃないのだろう。もし、心の中ではヒミツの筋書きで別の人生を生きているとしても、まだ上手に隠していられるなら、まだ狂っているとはいえない。

マダムの微笑みは、老いていっそ社会から逸脱してしまうこと、自由になることへの誘惑めいている。住所「旅行中」の人生だ。どうやって食べているのか、あるいはあの人は生きた人間じゃなかったのかもしれない。