ペッピーノ

そういう名前の馬がいた。すごく年寄りでもう少しで猫用の肉にされそうなところを、助けられるんだったと思う。子どもの本に出てきた貧相な目の悪い馬だ。

でも、このペッピーノはミラノの人。雨がふってもかさをささず、襟をたてて走る。ミラノ生まれで、鉄道員の息子。ドアを入ると、左の壁に電気のスイッチがついた鉄道員宿舎で育った。あの映画の「鉄道員」に出てくる、あの宿舎。修道院の経営する学校をでて、苦学をして書籍関係の仕事をしていた。若くして急死した。ウンベルト・サバが好きらしい。多分顔色が悪い痩せ型で背が高く不機嫌なのかと思うとそういうわけでもない。おそらく内気で薄命で情熱的な・・・

彼女が、彼を詳しく描かないのは、そんなことしたくないからなんだろう。生きていた彼のことを思い出すのは、しかも彼の優しさや特別な言葉を誰か他人に打ち明けるのがいやなんだろうと思う。書いたところで、他人にはわからない。ちょっとしたことしか描写されていないけれど、ペッピーノの面影を探して、彼女の書くものを読んでいる自分に気づく。もうこの世にはいない、襟を立てて雨の中、往来を横切るやせて、暗い目。もう、彼女も死んでしまって、もう彼女の中の彼にも会えない。集合写真の後ろの方に立っている。哀しそうな顔をした長身の男。


ああ、その馬の名前はベッポだった。間違えた。