米びつをピンセットで掃除する

どうもガサツだと思われがちのようであるが、実はわりと緻密にして面倒くさい単純作業が好きなのだ。執念深いともいえる。たとえば、一リットル入の大瓶一杯の赤いビーズの中からひとつだけオレンジのを捜すとか、もうウズウズしちゃうほう。

新聞に出ていたけれど、指紋捜査官というのは、わりとそういう仕事らしい。開国のころ、日本の侍が書類に拇印を押すのをみて、英国の医者が指紋の研究というのをはじめ、それが指紋捜査のノウハウに発展していったのだとか。指紋の「万人不同」「生涯不変」の原則が案外欧米にはなかったということか、みんな手指はもっているだろうにね。ふふん。あるベテラン捜査官は、25万枚の指紋から、13万枚目で犯人を特定し、逮捕に結びつけた功績について、感慨を語る。まさにそれ!恐ろしく単調で、しかもあるかないかも保証されないのに、さがす。執念というのか、でももし見つかれば、誰かを特定できる。すばらしい、地道、なんともカッコいい。

前に、友達の家の米びつに虫がついたことがあった。米と同じ色の虫で、ほぼ米びついっぱいの米に湧いていた。友達と私は、下宿の前の廊下に新聞紙と黒ラシャをひろげ、水の入ったボウルを用意して、それぞれとがったピンセットをもち、5キロの米を正確に一粒ずつ、虫と判別していった。米は黒ラシャに、虫は水の入ったボウルに。実家から送ってきた彼女の一月分の食糧だけに、それは真剣に、ほとんど午後中、二人とも無言で。そしてついに、虫の成虫も幼虫も卵もほぼ完全に除きおわり、米びつをアルコール消毒して、防虫薬をいれ、完成。
感無量とはこのことだ。18歳から、お金をいただくためのいろんな仕事をしてきたけれど、これに匹敵するほど良い仕事はまだしていない。報酬は、達成感と、淡い友情と、おいしいおむすびを2つ。彼女とは音信不通だけど、なにせ米には88の神様が宿っているのだから、またご縁があるにちがいない。

そのとき、気づけばよかったかも。警察庁に入り、指紋捜査官になる。警察官そのものは向いていない可能性があるけど、私の執念深い性格が、せめて世の中のためになったかもしれない。日本の警察だから、そういう人が普通にいて、指紋捜査がきちんと機能しているということもあるかも。意味があるかわからないこと、成果があがるとは思えないことも、精力を傾けて従事することにあまり疑問を感じない人種なのだろうか。私に関して言うならば、自虐ギャグみたいなものだ。効率の悪いことに異様な執念をもやす滑稽な自分、時間の無駄、でもそれでも可能性を求めて仕事をする自分は、間抜けで笑えるし、ある意味かわいい。万が一すごい結果を呼ぶかもしれない?すんごいロマンあるじゃない。自己愛の大爆発。