デビー

クリスティーネ・カウフマンの(多分)演じている刺青師の名前。

バグダッド・カフェというドイツ製のアメリカ。
卵からでたばかりの不恰好なひなみたいに、家庭しか知らない平凡なドイツ主婦(りんごのジャムの瓶詰めを山ほど娘に送るような体格のいい戦後派のママ)が、事故でアメリカの砂漠に放り出されて、意外にも、うらぶれた砂漠のモーテルカフェに居場所を見つける、という映画の登場人物。

主婦のヤスミン(凄くエキゾチックな名前)は、変人だらけの、砂漠の吹き溜まりのようなカフェに車の事故で流れ着いて、やがて壊れていた人間関係を、抜群の母性でもって建て直し、いい雰囲気にしてカフェを繁盛させちゃう。

バグダッドカフェはいわば、ホラーの舞台になりそうな砂漠のモーテルなんだよね、いろんな人が流れてきて、流木みたいにちょっとひっかかっては、また流れていくような。ところが、たまたま車が故障して流れついたヤスミンは、淋しいのもうらぶれているのも、コーヒーが薄いのにも耐えられない。すぐに営巣を始める。

女は巣作りが好きだから。母性には自分の居心地がいいように、人を巻き込んで状況を変えていく力があるんだわ。コレって、ドイツにいたときは平凡だったけれど、ベガスの砂漠では、普通の主婦感覚が「超個性的変人」に反転してしまうんだというプロットの仕掛けでもある。うまい!やがて彼女が、砂漠のような場所を、魔法のようにエブリバティウェルカムなオアシスに変えていくっていうのが、映画のキモ。

ところがね、デビーはモーテルを出て行くの。

「こんな仲良しごっこは居心地が悪い」って。ヤスミン以前の、他人に干渉しない、クールで世知辛いモーテルの雰囲気が好きだったんだって。

こういう人を加えておくのが、さらにパーシー・アドロンの腕だなと思う。

誰もが優しく寛容であるべきだという、糊がきいた真っ白な常識は、デビーには滑稽に映る。世の中はもっと厳しく、ヤスミンは世間知らずの不愉快な女だと思うんだろうなあ。でも、ヤスミンを認めていないわけでもない。ただ、デビーには今さら違う生き方を選ぶことはできないんだと思う。どうしてか?どうしてでも。

だからわざわざ砂漠で孤独に刺青を彫って、暮らしているんだから。

1人で生きていくっていうのは、誰かと支えあってようやく生きていることよりも、はるかにカッコいいけれど、それは不自然だからなんだよね。カッコイイっていうのは、無理することなのかもな。

映画としては賛否両論だったけど、全体にオレンジがかったキーの砂漠の夕陽のような映像とテーマソングが印象に残る懐の広いアート系映画だと思う。

それにしても、あのデビーはどこへいって、あれからどうなったのかと、時々気になっている。もう20年くらい前の映画だけど。


the desert road from VEGAS to nowhere,
something better than a way you're been
the coffee machine has need some fixing,
a little cafe is around in vein.
I'm calling you♪