パティシエ、蝶に絡まれる

有名な洋菓子店が、開店前の準備をしている朝、仕事に行くので通りかかったら、店の外でタバコを吸っている男性に、飛んできたカラスアゲハが突然、襲いかかった。

男性の顔にとまろうとしているみたいだった。彼は蝶々を払いのけながら、店内に入ろうとするのに、蝶はものすごくしつこく彼の顔のあたりでホバリングしている。誰かに「蝶術」みたいなものをかけられていて、毒のあるりんぷんで目がみえなくなるとか、動けなくなるとか、そういう忍術でも見ているみたい。思わず立ち止まってじっと見てしまった。振り払っても振り払っても、蝶々は狂ったように彼の顔に執着している。ケーキの甘い匂いが蝶の心を乱してしまったのか?

蝶々の収集をする人に、蝶々の通り道に放尿をしておくと、カラスアゲハが引き寄せらるという話をきいたことがある。彼は汗臭かったのかしら?それとも、吸っていたタバコがガラムかなんかで、甘い匂いがしていたとか?ガラムタバコというのは、大学生のとき、まわりの人がよく吸っていた。フィルターがなくて吸い口のヤニが甘い。煙はカブトムシの匂いがするんだよね。樹液を吸う虫の匂いに似ているってことは、樹液の匂いにも似ているのかもしれない。だからカラスアゲハには、彼は樹液のしみでた木に思えたのかも。

向かいの歩道で見とれている私に気づいて、彼はなぜか照れ笑いをしながら、蝶々をひきつれて、店にひっこんでしまった。大の男が蝶々に絡まれるのは、なんとなく恥ずかしい?

どことなくハードボイルドなタフガイ風の人だった。ああいうジョージ・クルーニーみたいなタイプって私にはよその星の人みたいだけど、彼にはどうにもファンシーで照れ臭いこんな状況で出会ったりしたら、そうでもないのかも?蝶々にからまれて、照れ笑いをする男性って、ちょっとなんか素敵かも。グッドナイト&グッドラック (ハヤカワ文庫NV)オリジナル・サウンドトラック オーシャンズ13