あなたと呼ばないでください。

私には嫌われがちな癖があった。
目上でなくて、比較的親しい判断の相手を「あなた」と呼ぶ癖。これは性別関係なくそう呼ぶ。私はニックネームが好きではないのだ。それこそ、通称で呼ぶほどに親しいのかどうか、疑う一瞬が辛いので、あえて「あなた」と呼ぶだけなのだが・・・だって、男性には「あなた」のほかに「君」「お前」「貴様」「自分」「よう!」などいろいろな呼称があるわけだが、女性には固有名詞を含まない二人称の呼称が少ない、少なくとも私の感覚でONのものは「あなた」くらいしかないわけ。

しかし若いころ、友人から「僕をあなたと呼ぶのはやめてください。僕と君はそんなに親しくないはずだ。」と言われたことがあった。確かに・・・敢えてあだ名で呼ぶのを避けるくらいだから、慣れなれしいと思われるのは甚だ心外。と思い特に男性を「あなた」と呼ぶのはやめた。正直、人間として敬意を払いつつ、私に対してあなたという二者関係を恐れるような、肝の細い男は、友人とは呼べんだろうとも思い、親交を絶ってしまって久しい。

ところが最近、一緒に仕事をしている人で、珍しく相手を「あなた」と呼ぶ人がいる。生真面目なこの人が、私に対してなんら不適当な感情を抱いているとは思えない。彼はどの女性に対しても「あなた」という呼称を使っているし、その一対一の感覚が、私にはよくわかる。かといって、トラウマが深すぎて、私は彼のことをそう呼ぶことはできない。○○さんと呼ぶよりも、あなたの方が逃げ場がなくて、潔いと思うのは、あまりにも人間関係にしっかりしたラインを求めすぎる重苦しさなんだろうか。

山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う・・・。