切り株

原宿から渋谷へ向かう山手線の線路端。土手の数箇所に、潅木の切り株みたいなものが生えている。細かく枝分かれしたかっこう。暗がりに見つめていると、そこからズボッと牡鹿が抜け出てくるような気がしてくる。

終電と始発の間、まだざわめく繁華街を背中に薄暗い土手から、突然牡鹿が躍り出て、山の方へむかって線路を閃光のように走り抜けていく。山へ帰る。渋谷駅で始発を待つぼんやりした鼻先に、むんと野生の体臭が香る。鹿は渋谷駅を出る始発がたどり着くより先に、山の見えるあたりに来ると、速度をゆるめ、優雅に鉄条網を飛び越えて、森へ消えていく。

でも、今はそのタイミングではないから、ホコリ臭い土に埋まって時を稼いでいるんだろう。鹿を見ると、どきどきする。一度間近に見たこともがあるけれど、動物だけれど、深遠で神々しい特別なことを考えているような目をしている。

それなのに、先週は蝦夷鹿を仕事で2回も食べてしまった。ときどき、友人を訪ねるような気持ちで上野へ様子を見に出かける。つい時間を忘れて、うっとり見つめている美しい彼らを、食べるなんて、あまりにも野卑。まるで好きな人を食べろ、といわれているような、それはある種のマゾヒスティックな試練でもある。野卑でエロティック。

もちろん、それは考えすぎで、考えすぎるのが性分だけれど。